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どたばた フランス漫遊記’04

by.Kodama

10月26日  スス払いの旅へ

遂に出発の日がやって来た。
しょっぱなからスカイライナーに乗り遅れて不吉なスタートを切りつつも、成田に到着。
今や並木組の一員でもある食糧新聞社の担当者さんが、朝からバリッとスーツを決め、笑顔も爽やかにバスソルトを手渡してくれた。さすが、日がな一日虚ろな目をしてパソコンに向かっているだけの、私のようなススけた茶飲みOLとはワケが違う。このHPでPain Journalを連載している、成田空港勤務のYukikoさんも見送りに来てくれた。彼女は航空会社にお勤めなので、こちらもまたバリッと制服姿をキメている。カックイー!
ロビーで井戸端会議を開いているところへ並木先生がやって来て、無事に全員集合。参加者は並木組3名と組員のお母様、視察組はメリーチョコレートの小林さんと宇田川さん、デイリーフーズの松田さんとヤヨイ食品の岸本さん、芥川製菓の長野さん。並木先生を含めた総勢10名は、待ってろサロン・ド・ショコラ!と鼻息も荒く(組の者だけか?)、一路、フランスへ。

エールフランスに乗り込んでちょっとご機嫌になるも、いきなり飲み物を運ぶカートに予備眼鏡を轢かれ、見事に破損。不吉な予感が膨らむなか、道中の機内では、社交の鬼、並木先生の両脇が空席で寂しそうだったが、先生は仕事のために徹夜明けだという。顔色が冴えなかったので、心を鬼にして隣へは行かず、睡眠をとってもらった。
やがて私達は夕刻のシャルル・ド・ゴール空港へと降り立ち、JTBの送迎バスでパリ市内へ。ホテルにチェックイン後、併設されたレストランで取った夕食のメニューは、ホタテのテリーヌ、鴨のコンフィ、デザートにシャルロットのフランボワーズソース。皿が運ばれる度にいちいちデジカメ撮影を始める組員たちは、視察組の目には奇異に映ったことであろう。
あるいは、「何もそこまで撮らなくても。このおのぼりさん集団め!」と思ったことだろう。しかし、皿が出て来たらとりあえず激写、これは私達にとってはごく日常的で、ある種病的とも言える重要な習慣なのだ。

10月27日  ブルターニュはとにかく塩

朝、昨年もツアーガイドを務めてくれた、パリに咲く一輪の赤いバラこと安部さんと合流。彼女はフランス公認の資格を持つ優秀なツアーガイドで、今では並木先生とは遠距離姉妹のような仲である。
その後、TGVと呼ばれる特急列車に乗るために駅へ向かうと、駅の売店にはお菓子と本が目一杯置かれている。小さな本屋かと見まがうほどで、中でも料理本コーナーの充実ぶりがすごい。さすがは食の国。
ナントへ到着後は専用バスに乗り込む。これ以降はバス旅に突入。ブルターニュ地方へと向かい、途中下車してランチ。
アンドゥーイユというちょっとクセのある大きな腸づめの薄切り、キャビオーのブールブランソース(半生干しダラのバターソース)、ポワール・ベルエレーヌ(洋梨のコンポートのチョコレートソース)を食す。キノコような塩入れ壷がカワイイ。この土地ではよく使うタイプのものらしい。メリーチョコレートの小林さんが入社前はパティシエ修行をしていたことを知る。天候が急転して嵐のような雨風に見舞われながら、ゲランドの塩田センターへ。
塩取り名人によると、衛生管理はしているがゲランドの塩は100%自然海塩であるとのこと。熱が入る余りに説明が果てしなく続き、気が遠くなりかけたがお土産タイムで正気を取り戻す。塩そのもの、塩入りのキャラメル、バターなどと並んで、ワイン、ジャムなどがあった。
キブロンという街にある、日本では塩キャラメルでも有名なショコラトリーの「Le Roux(ルルー)」へ。胸が躍る。一昨年、組の沢村さん(「Shigekoのお菓子日記」連載中)にルルーのキャラメル・ショコラを頂き、その時以来、私はすっかりトリコになっていた。日本では今まで手に入らなかったので、この日をどんなに待ち望んだことか。小さな店内にはショコラやキャラメル、パート・ド・フリュイ(フルーツゼリー)などが所狭しと並んでいたが、ふと見ると、なぜか中央にドドーンと「煎茶揃」と墨字で書かれた板と茶道具類が。ラボ(工房、ここでは厨房)見学の予定だったが、時間が押してしまったために叶わず、買い物のみとなる。キャラメルのついでに、とボンボンショコラを一番小さな箱で買ったが、次の店へ向かう最中、余りの旨さに身をよじる。
もっと買っておくんだった、と後悔したが、来年は日本でも入手できることになるだろう。
ルルーがショコラ・ミシュランとも言われるガイドブック「クラブ・デ・クロックー・オ・ショコラ」で、ジャン・ポール・エヴァン、メゾン・デュ・ショコラと並んで、ベストショコラトリーに選ばれたからだ。
エヴァンが深紅の、メゾンを白いバラとするなら、ルルーはタンポポのような店だと思う。特別突出したものや強い自己主張はないが、素朴で優しい花をそっと咲かせてそこに在る。そんな味がする。ルルーさんの暖かくて誠実な人柄を見たような気がした。
何の裏づけもないけれども。

少々強いながらも気持ちの良い潮風に吹かれながら、海沿いの店「Alain Audebert(アラン・オードベール)」へ。
ニニシュ・ド・キブロンというキブロン名物の棒つきアメ発祥の店で、フルーツ味のキャラメルが珍しい。ここでは、キャラメル・ブール・サレ(有塩バター入りキャラメル)の乗ったマーガレット型のガレットを購入。これは、帰国後、先生の連載か講座に「写真を使うかも〜」、ということで、現時点で撮影待ち。おあずけを食らっている。バスへ戻る道すがら、よく見ると、海岸はフルール・ド・セルでいっぱい。砂浜でなく塩浜なのであった。フルール・ド・セルは直訳すると塩の花。なぜ「花」?湯の花みたいなものか?

「?」に答えて*フルール・ド・セルとは
塩田内の最終結晶池の表層部に浮かんだ、薄氷のような初結晶を採取し、1年ほど自然乾燥したもの。普通の塩の100分の1しかとれないため(通常、塩の結晶は水面下でできる)ややお高めだが、その独特の風味や旨味は、各国のシェフたちからもが高い評価を得ている。 by 並木先生

宿泊地ロリアンへのバスの中では、先生購入のフルール・ド・セル入りタブレット・ショコラ(板チョコ)の試食会。粒塩がミスマッチのようでいてまろやかな塩気は絶妙、なかなかウマイ(相当ウマイ! by組長)
夜、夕食は男性組と女性組に分かれて取ることに。レストランを求めてロリアンの寂しい街並をそぞろ歩いたが、結局、両チームとも街で唯一の(?)同じ店に行き着く。女性組のテーブルでは、タルト・フランベ(アルザス名物の薄いピザのようなもの)とニース風サラダ、海鮮の盛り合わせを二〜三人前、加えてワインのリースリングをオーダー。海鮮の盛り合わせは、牡蠣、手長海老(命名えびぞりくん)、オマールくん、タニシ系の貝などが、予想通りのてんこ盛り。やんややんやと酒宴は進むが、離れたテーブルにいる男性陣をふと見ると、フランス語のメニューを開いたまま皆、沈黙している。先生が助け舟を出しに行き、やがてすっかり満腹になった女性陣は、先に店を出てホテルへ。

10月28日    早くも体力が尽きる

この日最初の予定は、ポン・タヴァンにある老舗のビスキュイトリー、「Traou Mad(トロゥ・マッド)」の工場見学。
工場近くで一旦降りる。ゴッホが住んでいたアパートの近くに、変な表情のゴッホの銅像。これはユーモアなのか?困惑。しかし田舎の町並は美しく、昨年並木先生のツアーで訪れたアルザスを連想させる。
給食のおばさんのような作業服を着込み、ベルトコンベアーで流れる薄手のガレット・ブルトンヌを横目に説明を聞く。
美味しさの秘訣は、卵、牛乳、小麦粉、バター、塩、材料の全てにおいて、とにかく新鮮で自然な材料を用いることだそう。単純明快としか言いようがないが、行き着くところはやはりそこなのだろう。

バスが散々道を迷ったあげく、正午前頃、なんとかカンペールの「Manoir du Kinkiz(マノワール・ド・カンキス)」に到着。ここは自らりんご園を持つシードルメーカーで、国内のコンクールで連続して金賞を受賞している。庭にある17世紀に使用されていたというかくはん機が、その歴史の深さを感じさせる。カーヴ(蔵)に入るとひんやりとして、甘酸っぱいりんごの発酵臭に包まれた。数々の樽や大きなタンクを見上げながらひと通り説明を受け、樽の香りのするクラシックなシードルやカルヴァドスを試飲。
カンペールのクレープリー広場の店にてランチ。初めてありついた本場のガレット(そば粉のクレープ。通常、ハムや卵などを乗せて食べる主食系)は、期待以上で感激。ウマッ!ただ、時間がなかったのでクレープを食べることが出来ず無念・・、来年のお楽しみとすることに。それにしても、パンにしてもガレットにしても、やはり小麦粉の国は小麦粉の食べ物が素晴らしい。日本人向けの「モチモチ感」は、私にしたら、揃いも揃ってニチャニチャと感じられ、気持ちが悪い場合が多い。
食後は先生おすすめのマカロン屋でマカロンを買って味見をし、オー・ボン・ヴュータン(東京にある有名な同名のお店とは無関係です)という菓子屋に立ち寄ってアイスを買って、立ち食い。バスに乗ってからは、組の松林さんのお母様が下さったおかきに舌鼓。どんだけ食うんだ。

*フランスのクレープリー(クレープ専門店)では、生地にそば粉を使った「ガレット」は食事用。小麦粉を使った「クレープ」はデザート用と区別されている。 by 並木先生

夕方、宿泊するレンヌの街を女性たちで徘徊。
菓子屋で寄ってたかって写真を取りまくっていたら(お店の人、スミマセン)、店員がフランス語で「どうせ買わないくせに・・」と言ったらしい。それに気づいた先生はすかさずフランス語で、「こんにちは。私、日本で料理ジャーナリストをしております。ここは品揃えも、店員さんの対応も大変良い店だと聞いています(にっこり)」。
*店員さんをお仕置きしたかったというより、みんなが買い物しやすい環境を作りたかっただけです。 by組長
状況を把握していないツアー参加者たちもおのおのに買い物を始め、安部さんがたたみかけるように「買ったでしょ?」といたずらっぽく言うと、店員はタジタジだったらしい。
私も手のひらサイズのムラング(メレンゲ。ここでは焼いたもの)を2つ購入、皆で分けて味わう。
これこれ!フランスのムラングは、マカロンもだが、サクサクで本当においしい。
日本で作ると湿度の関係でどうしても同じようにはいかないらしく、マカロンは妙に重いネッチリ感が出てしまうが、私はこれが余り好きではない。
ホテルに帰る間際に水を求めて皆でスーパーを探すがなかなかなく、やっと見つけた店に飛び込み、縦一列になって激走。異様な光景だったことだろうが、水売り場で折り返し、レジを目指してさらに激走。
その最中、最後尾の私は視界の隅をクレスポ(「Shigekoのお菓子日記」で紹介されていたオリーブのアンチョビ詰め)がかすめ、とっさにつかみ取った。
並木先生の事務所で一度ご馳走になってとてもおいしかったので、手に入れられてラッキーだった。
猛ダッシュで帰り着くも、男性陣との待ち合わせに20分超のオーバー。もともと乗り物酔いをする私は、バス移動で疲れ切っていたので食欲が湧かず、走ったことと申し訳なさからさらにグッタリしてしまった。そこで、自腹で参加予定だった安部さんに夕食をお譲りすることにして、一人部屋へと退散。ここで、空港で担当さんから頂いたバスソルト登場、ぬるめのお風呂にゆっくりつかって心身を癒す。極楽極楽。

10月29日   フランス人に肩こりなし?そして沢村さんとの再会

朝8時過ぎ、レンヌを発って再びパリへ舞い戻る。
バスの中では皆、グッタリ。先生と安部さんは元気に打合せを重ねていた。と思いきや、数分後、先生も陥落。そして、寝姿もあらわに誰より深く熟睡。途中、昼食を取るためにサービスエリアに立ち寄る。
ここで改めて気づいたが、フランスのトイレは、流すボタンやペーパーホルダーが必ず後ろの方についている。絶対使いづらいはずのに、なぜなのか。フランス人には五十肩とかがいないのだろうか。それとも、トイレのおかげで肩が回るように鍛え上げられているのか。

お土産売り場で、妙にバカでかいお菓子を発見。
小顔女性の顔ほどもあるクイニーアマン、手のひらサイズのカリッソンなど、雑貨のようでカワイイ。バスに乗り込んでからは、おのおのが買い込んだ&持参した食べ物を分け合い、さながら試食会場のようになった。

パリに着いてバスを降り、「Sadaharu Aoki(サダハル・アオキ)」へ行ったが、休憩時間だったため「Pierre Herme(ピエール・エルメ)」へ。昨年も来たが、平日の日中にも関わらず、相変わらずの繁盛ぶりでレジの行列がなかなか進まない。
アオキへ戻り、陶器でできた約3?角のかなり可愛いショップカードを発見(これはアオキの2004年版フェーヴです by組長)、生ケーキとパウンドケーキとともに購入。生ケーキは、並木先生リクエストのキャラメル・ブール・サレ(塩入りキャラメル)のタルト、日本人女性の名のついたもの(お子さんの名では、と勝手な推測)など、5種。
次なる目的地メゾン・デュ・ショコラでは、パティシエのパスカルさんが店頭で待っていてくれた。背が高くてスタイルも良く、優しそうなパスカルさんに、「素敵!!」と安部さんの目が輝く。一般客は入れない地下の隠し部屋のようなサロンで、講義を受けることに。メゾンらしいマイルドで滑らかな質感のショコラ・ショーとボンボンを頂く。ボンボンは、ボエム(ミルクチョコレート)、グアヤキル(ガナッシュナチュール)、リゴレット(キャラメル味)、アンダルシア(レモン風味)、ザゴラ(ミント風味)の5種。んー、フレッシュ!!そして上質。うっとり。材料第一なのは言うまでもなく、メゾンのボンボンのこだわりはコーティングが薄いことなのだそう。
メゾンは1977年に設立されたフランス初のショコラトリーだと聞き、高級ショコラの誕生がわりと最近なのを知る。
トリュフとパウンドケーキを2種、日本では買えないエクレアを買い込み、お土産まで頂いてホクホク。

休む間もなく、高級スーパー「BON MARCHE(ボン・マルシェ)」を目指す。
その食品館で、パリ随一と言われる充実度と質を兼ね備えた「Grand Epicerie(グラン・エピスリー)」へ。
惣菜類、生鮮食品から日用品までが見渡す限り並んでいる中を、ざっと館内案内をしてもらう。ここでは地下にラボがあって350人もの人が働いており、お菓子のデザイナーなどもいるのだそうだ。最近は健康志向が進んでイタリア食材が増えていると言い、日本食品コーナーもあった。マルチカラーのこん棒ほどもあるパスタや食材のアロマスプレーなど、変わったものも。
バスへ戻る道すがら、デイリーフーズの松田さんがジャム開発をしていることを知る。ジャムを先生の事務所へ送りますよ、と言って下さった。待ってます。(待ってます!!! From 並木)

夕食時、ホテルのロビーで前出の組の沢村さんと久々の再会!沢村さんは今年会社を辞めて、現在はパリでお菓子修行の身。芯がありながらも人並み外れた柔らかな物腰の人である。その点は相変らずだったので、良い修行期間を過ごせているのだなあ、と感じた。
沢村さんの案内でジモティー御用達のポトフ屋へ。私はここで初めて知ったのだが、ポトフというのは本来、先にスープを飲み、その後に別に盛られた具材を食べるのだそうだ。んまいぞスープ!日本式に器に口をつけて飲み干したい気持ちになる。具材の牛骨の骨ずいは、パンに乗せ、塩を振るのがポピュラーな食べ方だそう。沢村さんの修行話や、並木先生のツアー裏話など聞きながら、楽しい夜は更けてゆく。
店の外で、看板のおじさんと同じご陽気なポーズをとり、みんなで写真撮影。


10月30日    サロン・デュ・ショコラ!

自作のタルト・タタンを持参して、ホテルロビーで沢村さんとご友人の加藤さん、あとからフランス入りした並木組の1員が合流。
加藤さんはこちらに来る前は雑誌関係の仕事をしていて、沢村さんとはパリで知り合ったそうだ。
名前は言わないが、男性2名が結構な遅刻をしたので、バス内では「おごらせる」などと言って散々脅かす。しかし、女性陣も人のことは言えない。
清々しい晴天のもと、朝の空気を吸って足取りも軽く、昨年のツアーでも来たマルシェ(市場)を見て回る。ブルトゥイユ広場からセギュール大通りまで続くこの辺りは、高級住宅街なのだそう。
野菜、魚、チーズ、ハーブ、お菓子などの食材から、花や衣料品など、色とりどりに様々なものが並んでいて、陽気な売り子さんもいたりして、なんだかウキウキする。思わず目が釘づけになるのは肉屋で、兎やキジのような鳥が絞めた状態でズラリ…、見慣れていないと少々ショッキングな光景だ。
マルシェに限らないが、フランスは花屋が充実していて素晴らしい。私は花が大好きなので、一抱え買ってホテルの部屋に飾ろうか、本気で悩む。

「Gerard Mulot(ジェラール・ミュロ)」で、急にラボ見学ができることに。
ここは大きな店ではないが、博物館のごとくお菓子や惣菜が並んでいて、見ているだけで本当に楽しい。
ラボは大きく、地下と店の奥で、合わせて売り場面積の4倍ほどはあった。従業員の数も多く、人種も様々だが、フランスの有名菓子店ではどこでもそうであるように、ここでもまた若い日本人が2、3人働いていた。ヌガーやパッションバジルといった変わりダネのマカロンを食べたが、とてもおいしかった。昨年買って大正解だった板チョコ状のマンディアンを忘れずゲット。どうかしてるほどにセミドライのフルーツとナッツがぎっしり乗ったブラックチョコで、これが実にウマイ。文科系の雰囲気で作家チックな風貌のミュロさんと撮影大会を済ませ、店を後にする。途中、路上駐車のポルシェの上に生ゴミがこんもりと載せられていた。安部さんによると、「フランス人も嫉妬する」ということらしい。
それにしても、ポルシェを路上駐車って。日本だったらもっと陰湿ないたずらをされてしまうことだろう。

シェンゼリゼ通りを行き、歴史あるサロン・ド・テ(カフェ)、「Laduree(ラデュレー)」でランチ。
名高いマカロン10種類(フランボワーズ、バニーユ(バニラ)などポピュラーなものや黒い色のリコリスなど)と、クロワッサン、ショコラペストリーなどのパンを頂く。テーブルの担当になった若い黒人のギャルソンは全くやる気がない様子で、目も虚ろである。日本人観光客にはウンザリなのか?すまん、不運と諦めてくれ。
パリでは堂々と振舞うと尊重されるらしい、たとえそれが無意味にであっても。そのおかげか、私はパリで嫌な思いをしたことが今のところない。図太いことも悪いばかりではないらしい。
ここで、組のパリ支部員、井上さんと合流。井上さんはもうパリに一年半、大学院でホテル学を学んでいる。頼まれていた日本語版エル・ア・ターブルを渡す。食後は店の人にサロン内を案内してもらう。個室はどこも贅沢な作りで、ナポレオン3世の愛人など、女性名がつけられているという。

バスでエッフェル塔の脇を通り抜け、念願の「Salons Du Chocolat(サロン・デュ・ショコラ)」会場に到着。感無量である。意気込んで乗り込むと、格調高い雰囲気かと思いきや、意外とカジュアルな様子で拍子抜け。
だが、ショコラをテーマにした、あるいはそのものを貼り付けたドレスが数々展示されていたり、お菓子の家があったり、デモンストレーションも行われており、見本市というよりはお祭りのようでもある。立ち並ぶブースで試食をするにつれ、ショコラの質が全体に高く、そういったものが庶民の生活に浸透しているのだなあ、と感じる。日本でも上質なショコラが気軽に手に入って、誰でも日常的に愛せるようになることを祈るばかり。
日本のメリーチョコレートのブランド、マダム・セツコのブースで社長さんとお会いする。マダムセツコとは社長の奥様のことで、ご本人は芯の強さと穏やかさを感じさせる小柄な女性で、品良く着物を着込んでいらした。フランス人の望む日本女性のイメージに合った方なのではないかと思った。
会場中央にはエヴァンやマルコリーニ、ボワシエなど名立たる有名店がブースを置いており、エヴァン向かいのルルーブースでルルーさんとお会いする。勝手な期待どおり、誠実で優しそうな、素朴な印象の方であった。こちらが悪かったのだが、ラボ見学ができなかったお詫びにと、その場で急きょトランペ(チョコのコーティング)のデモストレーションをして下さり、全員分のオランジェット(オレンジピールをチョココーティングしたもの)、その他2〜3種を作って手渡して下さった。ルルーさんの奥様は美しいマダームで大の親日家。
耳から大きなブッダの彫り物を下げているのみならず、いつも食べているのだと言ってなんと納豆を見せてくれた。
そうしているところへ、先生に声をかける人あり。
日本のショコラティエ界の大御所と言えばこの人、「テオブロマ」の土屋シェフであった。
ここではルルーさんの書かれた本を購入、サインを入れてもらう。
ブルターニュ名産品と言われる塩キャラメルは、実はルルーさんが考案したものだそうで、それを照明するために出した本とのこと。この直後に皆とはぐれ、ルルーブースの日本人スタッフの方(普段はショコラコーディネーターとのこと)にお世話に。すみませんでした・・。その間、皆はメゾン・デュ・ショコラのデモンストレーション会場にいたらしい。
最前列で始まるのを待ち受けけいると、パスカルさんが並木組の面々に気づき、壇上から降りて来て笑顔で握手したそう。最後に、駆け込みでポストカードやバッジ、ポスターなどのおのぼりさんグッズを買い込む。

メトロ(地下鉄)に乗ってマドレーヌ駅へ、一旦ホテルに戻る。再びメトロで移動し、ペリゴール地方の料理を出すレストランへ。メニューは、豚肉のコンフィ(低温油で煮たもの)、カスレ(白インゲン豆のと数種の肉類の煮込)、フランベ(酒をかけて火をつけアルコールを飛ばす調理法)したタルト。
今に始まったことではないが、どれも相当な量で、特にカスレは、なんの恨みがあるのか!というほど。
このHPの編集ちょんことカスレ女王のウダさんがいたら泣いて喜んだかもしれないが、代わりに(?)、皆の手が止まってからも組の松林さんだけは黙々と平らげていた。その面持ちは修行僧のようであり、女の子チックな外見とは裏腹に根性の人なのであった。
*私が全部平らげることには誰も驚かないのよね……。 by組長

10月31日    最後までどたばた

遂に最終日を迎える。この日はフリータイム。
またも女性のみで徒党を組み、いざ出陣!メトロに乗って、若者に人気のあるマレ地区へ。ユダヤ人街を行くと、思いがけず、「Cacao Et Chocolat(カカオ・エ・ショコラ)」発見!!
ここは、日本では有名ではないが私は大好きで、山吹色に近い鮮やかな黄色をメインカラーとした、アフリカっぽいイメージを打ち出した店。お土産にも最適な、群青色と金で印象的な色使いの箱が美しいマンディアンが私の大好物。
オレンジピールとヘーゼルナッツとピスタチオが乗っていて、これはジェラール・ミュロのものもそうなのだが、私の好きなマンディアンの黄金の法則なのである。
ユダヤ式サンドイッチのファラウェル(沢村さんのコンテンツでも紹介されてます)を買って、昼ごはん。ピタのようなパンに、ヒヨコ豆をすり潰したコロッケ、キャベツ、赤キャベツのピクルスなどが挟んであって美味。

街角のカフェで一休みし、井戸端会議。
芥川製果の長野さんが来年ご結婚されるとのこと。おめでとうございます!その後は雑貨屋めぐり。カワイイものばかりで目移り。アクセサリーはデコラティブで大柄なものが多い反面、キッチン用品や文具などはシンプルな印象のものが多い。思わず「カワイイ!」と口走ると、若い店員が反応したりする。
「カワイイ」という言葉は、1、2年前にパリのクリエイティブな人の間で流行したと聞いたが、一部で定着しているのかもしれない。
ルイ・ヴィトンがパリで「KAWAII」というテーマのイベントを行ったり、エルメの昨年の秋冬コレクションもテーマが「KAWAII」であった。ここでまた沢村さんと合流し、アマチュアアートの展覧会に連れて行ってもらう。ポップアートやアジア、アフリカイメージのイラスト、針金や鉄で生き物を模したものなど、幅広いアート作品が並ぶが、どれも素人作品とは思えない出来。さすがは食と芸術の国、と感心する。時間があればもっとゆっくり見てみたかった。

夜、並木先生はまだしばらく滞在するため、ここでお別れ。
フランス語のできなくて地図も読めない私と組の鎌田さんは、フリータイムでも先生にずっと面倒を見てもらい、本当にお世話になりました。
送迎バスに乗り込み、参加者一同、帰国の途に着く。
空港では買い物の最後の追い込みとばかりに、ヤヨイ食品の岸本さんが洋酒を真剣に品定めしている様子。
帰りの飛行機では、宇田川さんが「行きもご一緒でしたよね」とキャビンアテンダント(古い言葉で言うスチュワーデスですな)にアピールされるのを目撃。
確かに、皆が一様に旅行者風情を漂わせた楽な服装でいるなか、彼は一人垢抜けた雰囲気を醸していた。
ちなみに、並木先生はこの後の滞在中に、サダハル・アオキの青木シェフとお会いして、ラボ見学も果たしたそう。サダハル・アオキは来年春、遂に逆輸入の形で日本出店をするそうで、今から楽しみである。

そんなこんなで駆け抜けた、多忙な7日間。
実に、実に充実した旅であった。行って損はないので、洋菓子好きのアナタやあなた、来年こそ是非参加することをオススメします。
完。

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